2013年09月26日

再生品のインクカートリッジ

数年来、HPのプリンターを使っているのだが、インクカートリッジが3000円台。けっこう高い。それで、自分でインクを補充するキットを使ったこともあるのだが、あまり印字品質がよくない(僕のやり方が下手なのかもしれない)。再生品を使うこともあって、こちらは値段が純正品の半額以下。品質もそこそこ。なのだが、今回購入した再生品は、装着すると、このプリンターでは使用できないというエラーが表示されてしまった。再生品にはこういうリスクもあるんだなあ。残念!
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2013年09月19日

映画『デビル』

タイトルからてっきりホラーかと思って観はじめたのだが、全然違った。武器調達のために米国に渡ったIRAの若者(ブラッド・ピット)と、その若者を下宿させる警察官(ハリソン・フォード)の人生の交差と悲劇を描いた作品だった。二大スターの競演で、最後まで惹きつけられた。

1997年の作品なのだが、少し古めかしさも感じた。冒頭、北アイルランドでのIRAと政府側との激しい戦闘も描写されているのだが、全体として、どこかのんびりした感じというか、なんとなく牧歌的な空気が感じられるのだな。それは、アメリカ同時多発テロやイラク戦争を経て、テロや紛争のイメージが変わってしまったということだろうか。以前は、悲劇のなかにもまだ人間味があった、ということだろうか。

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2013年08月30日

外来語乱用で訴訟

NHKの外来語乱用で精神的苦痛を受けたということで、岐阜県の71歳の視聴者がNHKを訴えたというニュースが6月にあったのを覚えているだろうか。「変な人がいるものだ」という程度の印象しかなかったのだが、その視聴者に取材した記事が今日の朝日新聞に載っており、意外と筋の通った主張だと思えてきた。

記事によれば、時代小説で日本語の美しさを再認識し、それとともにニュースなどでの外来語の乱用に不快感・不信感を覚えるようになったという。

「ファンド」「コンテンツ」「ネットナビゲータ」――。日本の公共放送がなぜこんなに外来語を使うのか。それが正しいのか、問題なのか、しっかり議論したいと男性はいう。「私はあとは消えていくだけ。議論のための一粒の種を残したい。麦をね」(朝日新聞2013年8月30日)


テクニカルライティングの世界では「わかりやすさ」が第一で、「美しい日本語」というレベルのことが意識されることはあまりないだろう。しかし、「わかりやすさ」の観点からいっても、外来語の乱用は問題だろう。気をつけるべきことだ。

とはいいつつも、外来語を覚えてもらわなきゃどうしようもない、というのがITの世界だから、ことはやっかいだ。永遠のテーマかな、これは。
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2013年08月03日

映画『選挙』

Gyaoで無料で公開されているのを観た。
2005年、川崎市の市議選に、公募で自民党の公認候補となって出馬した政治活動未経験の男性の選挙戦に密着したドキュメンタリー映画。監督の想田和弘が「観察映画」というとおり、ナレーションもBGMもなく、ただただ対象を観察するかのように、街頭演説、選挙事務所のようす、級友たちとの会話、妻との会話・口論、保育園の運動会まわり、神社のお祭りへの参加などなど市議候補の十数日間を追う。

そんな映画が面白いのかと問われるなら、答えはイエス。僕は惹きこまれた。何が面白いかというか、そこには未知の世界、すなわち選挙の生々しい舞台裏があって、「こうやっているのか」「こうなっているのか」という驚きがある。街頭演説では3秒間に一度は名前を言う、配偶者のことは妻ではなく家内と呼ぶ、握手は相手の目を見てするなどなど選挙の具体的で細かいノウハウも出てくる。選挙事務所に集まるボランティア(自民党の支援者)や、自民党候補の演説会に集まる人々の姿にも「そうか、こういう人たちに支えられているのか」という感慨を覚える。

自民党の公認候補として選挙に出るということは、上から下までがっしりと構築されているシステムのなかに組み込まれるということで、否応なしにそのジグソーパズルの1つのピースとしての形に合わせなければならない。その苦行めいた選挙戦の日々に、映画を観ているこっちまで息苦しくなってくるようだった。

「未知の世界」と書いたけれど、じつは知っている部分もないではない。子どもの頃は、父親が地方都市の市会議員をやっていたので(自民党ではない)、選挙のたびに家庭がそこに巻き込まれた(授業中に父親の宣伝カーが学校の近くを通るのが苦痛だったなあ)。学生時代は、それとはまた別の政党の選挙にボランティアとして参加したこともある。その経験と照らし合わせると、既成政党はそれぞれに色合いの異なる支持基盤や支援団体を持っているのだが、選挙のノウハウは、かなりの部分、共通しているんじゃないかという気がする。そしてそれは、候補者の掲げる政策であるとか、主義主張であるとかよりも、もっと泥臭いもの、人間的要素に関わるものが大きいんじゃないかという気がする。そこに、何かやりきれない感じが僕はしたんだけれど、皆さんはどうだろうか。

期間限定だと思うけれど、いまならまだこの映画が無料で視聴できるので、ご興味のある方はどうぞ!

http://gyao.yahoo.co.jp/player/01017/v00001/v0000000000000000001/
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2013年06月24日

映画『Kissing ジェシカ』



洗練されていて、ユーモラスで、心温まる、しかしさらっとした、とてもよくできた作品で、じつに面白かった。

主人公は、新聞社に勤める28歳の女性ジェシカ。彼氏を作ろうとさまざまな男性とデートをしてみるが、どの男性にも魅力を感じることができない。それで女性と交際することを試み、新聞で交際相手を募集していたヘレンという「両刀使い」の女性と会ってみる。そして二人は恋に落ちる……。

いってみれば、都会に住む一人の女性の恋愛の顛末(そこに大事件があるわけでもない)を描いただけの作品なのだが、場面場面のひとつひとつの表現が、すごく楽しませてくれるんだな。説明しすぎない抑制のきいた感じがいいし、ある部分では誇張して漫画チックで面白い。ロマンチックに流されず、現実の苦味もまじえつつ、しかし人生は良いものだという気持ちにさせてくれる。最初から最後まで楽しませてもらった。

2001年、米映画。監督はチャールズ・ハーマン=ワームフェルド。
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映画『いそしぎ』




まだ観てなかったんだよな、これ。

海辺の一軒家に一人息子と暮す画家のローラ(エリザベス・テイラー)は、自分に忠実に生きてきた奔放な女。ミッションスクールの校長で牧師でもある堅物エドワード(リチャード・バートン)。この好対照の二人が出逢って、恋に落ちて…という話なのだが、、、エリザベス・テイラーは、もう最初からガッツリと胸の谷間を見せて登場するんだからなあ。あの美貌にあの肉体じゃあねえ、牧師といえども恋に落ちるでしょう。

正直にいうと、若い頃はエリザベス・テイラーのどこがいいのかわからなかったのだけれど、いまはよくわかる。そうか、僕が子どものころ、お父さんの世代の人たちはこんなふうに彼女の魅力にやられてたわけだ。

1965年、米映画。監督はヴィンセント・ミネリ。ライザ・ミネリのお父さんだな。
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映画『ルームメイト』

浮気したボーイフレンドを追い出して一人暮らしとなったアリー(ブリジット・フォンダ)がルームメイトを募集する。やってきたのは、控えめで素朴な雰囲気のヘディ(ジェニファー・ジェイソン・リー)。すぐに打ち解けた二人は同居を始めるのだが、アリーと同じ服を着たり、同じ髪型にしたり、復縁したアリーのボーイフレンドと親しげにしたりというヘディの行動に、アリーはしだいに不安を募らせていく…。

アメリカ人って、好きだよなあ、こういう映画。一見ふつうに見える人が、じつは…っていう作品がたくさんある。そういう恐怖心が、かの国の人々には広く共有されているのではないだろうか。これは、銃犯罪の多さと根っこの部分とつながっているんじゃないかな。

それはともかくとして、映画はなかなか面白かった。観るのは二回目だと思うんだけど、途中まで気づかなかった。。。

主役のブリジット・フォンダ。フォンダ姓だし、口元がフォンダ・ファミリーの一員であることを強く示唆していたので、調べてみたら、ピーター・フォンダの娘なんだな。美しい。

1992年、米映画。監督はバーベット・シュローダー。
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2013年05月08日

耳かき

KIMG0410.JPG

耳かきをしてもらった。してくれたのは女性だが、膝枕はナシ。なぜならば、そこは耳鼻咽喉科だからである。じつは数年前から、左の耳の中で、ときどきガサゴソという音のすることがあった。たぶん、耳アカのかたまりがあるんだろうなと思いながら、放置していた。いや放置じゃないな。粘着性のある耳かきやら、先端がドリル状になった耳かきやらを試して、除去を試みたことはあるのだが、解決に至らず。それで思い切って病院に行ってみたしだい。

病院では、椅子に座った状態で耳に漏斗状のものを差し込み、たぶんピンセットのようなものを使って耳アカを取ってくれ、さらに掃除機的なもので細かいのを吸い取ってもらった。そのあと消毒。

あのガサゴソという音の感じからすると、巨大なものが取れたんじゃないかという気もしたのだが、女医さんが見せてくれた「収穫物」は、5ミリほどのものだった。大きいといえば大きいんだろうけども。

耳掃除のあと、念のため聴力(お医者さんは「聞こえ方」とわかりやすく言っていたな)の検査も行った。写真は、その検査結果である。2本の折れ線グラフが描画されているのがわかるだろうか。○と実線のほうは右耳で、×と点線のほうは左耳。縦軸は聞こえる音量(単位はデシベル)で、横軸は音の周波数(単位はヘルツ)。10〜30デシベルの範囲なら正常。両耳とも正常の範囲で嬉しかったのだが、左耳は2000ヘルツを超える高音域では少し聴力が落ちていることも判明した。

以上、耳鼻咽喉科での耳かき体験でした。
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映画『スワロウテイル』

チャラの歌う「Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜」を練習しているので、これがテーマ曲として使われている映画のほうも観てみることにした。

「むかしむかし、円が世界で一番強かったころ」という時代、富を求めてさまざまな国からやってきた異邦人たちが棲みついた「円都」(イェンタウン)の若者たちの、むき出しの性と暴力と愛の物語。さまざまな人種、言葉、文化がミックスされた無国籍の雰囲気が独特で、これが作品の大きな魅力。もう一つ、大きな魅力は、娼婦グリコ(チャラ)の存在かな。チャラがいなければこの映画は成立しなかった、と思いたくなるほど、チャラはこの映画の役柄にはまっていた。

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2013年04月26日

スマホ修理の顛末

昨年からDIGNO DUALというスマホを使っていたのだが、先ごろOSのメジャーアップグレードがあり(Android 2.3からAndroid 4.1へ)、実施したところ、「android.process.acoreが予期せず停止しました」というエラーがひっきりなしに表示され、電話もかけられない状態になってしまった。このエラーは各種アンドロイド端末で発生するようで、ネットにもいろいろなケースの報告が見られるのだが、端末の初期化を行っても解決せず、やむなく修理に出した。10日ほどでスマホは戻ってきたのだが(その間、代わりの端末、といってもスマホではなくてガラケーといっていいのかどうか、要するにPHSを代理店から借りていた)、修理内容は「基盤交換」となっていた。基盤交換が必要? もしかしたら、ROMを交換したとかってことだろうか。

戻ってきたスマホはAndroid 2.3になっていた。これは事前に案内されていたことなので良いのだが、問題は改めてメジャーアップグレードを実施するかどうか。アップグレードは自己責任ということになっているのだ。これでまたエラー頻発の状態になっても、文句は言えない。でもまあ、やっちゃうよね。戻ってきたその日の夜に、再びメジャーアップグレードを実施してみたのだった。

結果はどうだったかというと、やはり同じエラーが出た。前回ほどの頻度ではないものの、しばしばエラーが表示される。「また修理か〜」と思ったものの、製品の公式サイトに掲載されているトラブル対策にしたがって、電池を入れ直し、端末の初期化も実施したところ、エラーはぱったりとなくなった!

ちなみに、アドレス帳のデータなどは、削除されてしまっているが、GmailのアカウントをスマホのGmailアプリに登録すると、Google側に保存されているデータとの同期がすぐに実施され、スマホの電話帳にもデータがコピーされる。これは便利。

さて、この顛末からどのような教訓が得られるだろうか。スマホにせよPCにせよ、OSアップグレードのような大きい変更を伴う処理の際には、事前にデータのバックアップ・復旧の手立てを考えておくこと、というのは言えるかな。とくに困っていることがないなら軽々しくアップグレードすべきではない、という考えもできるだろう。

あと、教訓ではないのだが、もはや社会のインフラの一端を担う存在となったといってよいスマホが、このように簡単に不具合が生じるようなものであってよいのだろうかという気もする。とはいえ、より安全確実な装置にするには、もっと進歩を遅らせる必要があろうだろうから、これは便利さと安全さのどっちを取るか、という問題になってくるかな。
posted by kunio at 18:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記