2009年01月14日

男女別プレゼン戦略

NHKの「女と男」シリーズ第2回は実に興味深い内容であった。性差が、これまで知られていた以上にさまざまな面に及んでいるという話。

たとえば、狭心症の発症場所が男性では心臓の外側に、女性では心臓の内部に多いという。そのため、心臓の外側を対象とした従来の検査方法では女性の狭心症を発見できない場合が少なからずあるという。

脳の性差も大きい。男性は空間認知、女性は言語処理にたけている傾向があるということは以前から言われていたが、脳を構成するパーツの大きさのバランスそのものからして違っていることが明らかになってきたという。さらには、脳の使われ方が違うということも。知能テストで調べたところ、同じ問題を解くのでも、男性と女性とでは脳の使う場所が全く異なるというのだ。

驚かされるのは、それだけではない。こういった性差についての研究成果に基づき、米国では公立小学校で男女別のクラスが増えているという(共学クラスにするか男女別クラスにするかは、児童自身が選択できる)。それでどうするかというと、男子クラスは男子向けの教え方、女子クラスは女子向の教え方をする。男子向けの教え方とは、たとえば誰がボスかを明確にして命令形で子どもたちに指示を出すとか、男子はじっとしていることが苦手な子が多いので読書の時間は好きな場所で好きな姿勢で読ませることで集中しやすくするとか(みんな寝っころがったり足を机にあげたり、実に自由なかっこうで読んでいた)。女子向けの教え方というのは、グループを組ませて助け合いながら事にあたらせるなど(男子の場合は競争しあってしまうので助け合いにならなかったそうだ)。

さらに驚いたのは、このような性差をビジネスで考慮する企業も登場しているという話。大手監査法人であるデロイト社は、顧客の担当者の性別に合わせてプレゼンの手法を変え、それによって大きな成果をあげているというのだ。相手が男性の場合は、できるだけ地位の高い人間を連れていき(役員など)、最善の案をズバリ提示する。相手が女性の場合は、決定のプロセスを重視するそうで、1つの結論を最初から提示してはいけないという。現場の詳しい人間を連れていき、課題を相手側と共有しながら結論を導いていく必要があるという。


そこまでやるかという感じだが、そこまでやるんだなあ。
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2008年04月01日

薬師寺展&ダーウィン展

国立博物館にて

国立博物館の薬師寺展と国立科学博物館のダーウィン展を見る。

薬師寺展は奈良の薬師寺にある、薬師三尊像の両側の日光菩薩と月光菩薩、玄奘三蔵像、吉祥天像など国宝、重要文化財をずらりとならべたもの。

唐突ではあるが、仏像というのは、いまでいうフィギュアのようなものという気がした。憧れではあるが手の届かない存在を、具象化して身近に見られるようにしたものという意味で、アニメキャラのフィギュアと共通した性格があるのではないか。

日光菩薩、月光菩薩は、やけにムチムチしていた。頬はぽっちゃりで、顎も二重になりかけている。腹もぽっこり。ああいう体型が、食糧事情の厳しい当時の人たちにとっては憧れを抱く美しい魅力的なものに見えたのだろう。

ダーウィン展は、その名のとおりダーウィンそのものに焦点を当てた内容で、ダーウィンの誕生と成長、ビーグル号での冒険、そして進化論形成への道のり、進化論の発表とその後の論争、というようにダーウィンの人生をたどる形になっている。ダーウィン自身の書いた手紙やメモが多数展示されており、進化をシンボリックに表す図像といってよい系統樹がスケッチされた小さなメモも見ることができる。その図の上には "I think"とだけ書いてあり、まさに進化論が誕生したその瞬間に立ち会うような気持ちにさせられる。ダーウィンの書斎を再現した一角もあった。

一部にはびこる、進化論を矮小化したり否定したりする立場のことも取り上げたうえで、きちんと反論するというコーナーもある。米国の反進化論者や懐疑派向けのものか(この展覧会は米国、ブラジル、ニュージーランドなどを回ってきたそうな)。
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2007年01月17日

リチャード・ドーキンス著『祖先の物語』

生物の進化の歴史を、その起源まで遡っていきながら、進化の諸相を見ていこうという本。その出発点は人類。進化を遡っていけば、異なる種が合流していくことになる。本書はその合流を「ランデブー」と呼び、合流地点における2種共通の祖先を「コンセスター」と呼ぶ。ランデブー1、ランデブー2、ランデブー3…と進化を遡っていく過程で我々はコンセスター1、コンセスター2、コンセスター3…と祖先を遡っていくことになる。たとえば出発点である人類(ランデブー0)にとっての最初のランデブー(ランデブー1)で合流するのはチンパンジー。ヒトとチンパンジーの共通祖先がコンセスター1ということになる。ランデブー2ではゴリラが合流し、ヒト、チンパンジー、ゴリラの共通祖先コンセスター2と出会う。このようにして、ランデブー10ではげっ歯類とウサギ類、ランデブー15では単孔類(カモノハシなど)と進化を逆向きにたどっていき、昆虫や植物まで含めたさまざまな種と合流していき、最後のランデブー39では真正細菌との共通祖先コンセスター39まで遡る。
ドーキンスは、種が合流するごとに、その種を題材とした興味深い話を聞かせてくれる。そして最後のランデブーのあと、その先にある生命の起源の考察へと進み、そこから改めて生物の進化全体を俯瞰する。

ちょっと大げさにいうと生命観に調整を迫られる本である。たとえば、菌類(キノコなど)は植物よりも動物により近いなんて話が出てくる。カバは、ブタよりもクジラと近縁だとか、「もし動物と植物を二つの界として扱うならば、同じ基準によって、それぞれ動物や植物と同等の地位を要求するに足るだけの特異性をもつ数十の微生物の「界」が存在する」だとか、動物の細胞内にあるミトコンドリアはもともとは別の種でそれが動物の細胞に入りこんで密接な共生関係を築いた結果がいまの動物の細胞の姿だとか、そんな話が次から次へと出てくる。
そういう根源的な話ばかりではなく、たとえばカモノハシのくちばしには約4万個の電気センサーが分布しており、触れていなくても獲物の筋肉の起こす電気を感じとって獲物の位置を検知することができるらしいというような、さまざまな種が見せる生物の驚異の数々も紹介されている。

これらはドーキンスの私的意見ということではない。さまざまな学者の論文・著書を引用しつつ、研究方法や手法などもわかりやすく紹介しながら書いている。訳者・垂水雄二氏のあとがきによればこの本は「現代生物学のほとんどすべての先端的問題を網羅していて、いささか誇大広告的な表現をすれば、これ一冊で、現代生物学の全容を知ることができる」という。すなわち、これが現時点での生物学の知見なのだろう。

ドーキンスの本だから面白くないはずがないのだが、期待どおりの素晴らしい本であり、楽しい読書体験であった。
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