2012年06月16日

『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』日本再建イニシアティブ編

東日本大震災、そしてそれに伴って起きた福島原発事故は、僕がこれまでの人生で経験した最大の出来事であり、間違いなく歴史に刻まれることがらだろう。復興も原発事故処理もまだ進行中であるから、「経験した」と過去形で語ることは抵抗があるものの、ともあれこの人生最大の出来事について、もっとよく把握したいと思う。そういう思いで入手したのが本書。

これは、いわゆる民間事故調の報告書。民間有志により構成された福島原発事故独立検証委員会メンバーを中心に書かれたものた。報告書としては東電によるものと、国会によるものとが作られているときく。三者のなかで民間事故調は、事業者でも国でもないもっとも客観的立場での調査報告といってよいのではないかと思う。

プロジェクトを立ち上げた一人、船橋洋一は、序章で次のように書いている。

「民間事故調の民間事故調たる所以は、東京電力と政府が、原発の過酷事故に際して、「国民を守る」責任をどのように、どこまで果たしたか、そこを検証することに尽きる。とくに原発を国策として進めてきた政府の責任の在処を明確にすることだ。」p.12

そのために「どこかの大学や財団やシンクタンクにアイデアを持ち込むことはしない。いつ、どこから、どんな邪魔がはいるか分からないから」と船橋は考えた。「調査・検証する対象は、原子力であり電力会社であり原子力産業です。産官学のそれこそ“原子力ムラ”と呼ばれる巨大システムです。政治にも行政にも大学にも法曹界にもメディアにもその影響力は浸透しています。」

それが決して妄想や杞憂などではないことは、福島原発の事故原因の究明や、他の原発の安全対策が不完全なままで、国民の反対の声を無視して原発再稼働へと不可解なほど前のめりに進んでいる野田内閣の姿を見ても明らかだろう。

本書からわかることは、東京電力も政府も、自らが広めた「安全神話」を、いつしか自分たちも盲信し、それに足をすくいとられた。当然しておくべき備えがなされていなかったということだ。強い地震や大きな津波の危険性、全電源喪失の可能性は、事故以前に指摘されていた。安全対策を強化する機会は何度かあったのに、してこなかった。

「この調査中、政府の原子力安全関係の元高官や東京電力元経営陣は異口同音に「安全対策が不十分であることの問題意識は存在した。しかし、自分一人が流れに掉さしてもことは変わらなかったであろう」と述べていました。じょじょに作り上げられた「安全神話」の舞台の上で、すべての関係者が「その場の空気を読んで、組織が困るかもしれないことは発言せず、流れに沿って行動する」態度をとるようになったということです。これは日本社会独特の特性であると解説する人もいます。しかし、もしも「空気を読む」ことが日本社会では不可避であるとすれば、そのような社会は原子力のようなリスクの高い大型で複雑な技術を安全に運営する資格はありません。」p.7

いま野田政権は大飯原発を再稼働させようとしている。いやま反原発の闘士として著名な俳優の山本太郎は、そのありさまを「安全神話第二章」と揶揄した(2012年6月15日官邸前集会)。そう、確かに、原子力ムラも「安全神話」もまだ健在のようだ。どんな国にとっても、事故のリスクや核廃棄物の処理の問題などを考えれば、原発は賢い選択ではないと思われるが、大事故にも懲りずに「安全神話第二章」の扉を開こうとしているこの国には、さらに危険な選択だろう。
posted by kunio at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・文学
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/56507682
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック