2010年06月05日

『キーボード配列QWERTYの謎』安岡孝一・安岡素子著、NTT出版

 パソコンのキーボードは英字が左側からQWERTY…と並んでいることから「QWERTY(クワーティ)配列」と呼ばれる。この配列はタイプライターに由来するわけだが、ではなぜタイプライターはそのような配列になったのか。
 これについては、初期のタイプライターはキーを速く打つとアームが絡みやすかったのでこれを避けるためにあえて打ちにくい(タイピング速度が遅くなる)配列にしたのだという説が広く流布している。僕もそれを信じていた。
 本書は、キーボード配列の歴史をその始まりから現代にいたるまで辿りながら、その説が間違っているということと、そのような間違いが流布した経緯を、図版や文書を示しつつ、キーボードにまつわるさまざまなエピソードも紹介しつつ、詳細に解説するものである。
タイプライターのキー配列が現在と同じQWERTYになったのは、1882年8月のことだが、その時代のタイプライターにアームなんていう機構はない。アームを有するフロントストライク式タイプライターが発明されたのは、9年後の1891年6月で、実際に普及するのは20世紀に入ってからだ。1880年代には存在していないはずのアームの衝突を防ぐために、タイプライターのキー配列をQWERTYにした、なんてのは全くのナンセンスだ。」という、まえがきのこの言葉だけでも、著者の主張の説得力は感じてもらえるだろう。
 ただし、ではどうしてQWERTY配列になったのかという部分については、本書で明確に示されているわけではない。タイプライターを発明したクリストファー・レイサム・ショールズが、ABCD…というアルファベットどおりの配列からスタートして、試行錯誤の過程でQWERTYとなったことはわかるのだが、ショールズがこの配列にした理由については不明のまま。想像できることは、数十のキーを小さい装置のなかに詰め込むというタイプライターの機構的な制約と、打ちやすやの二律背反のなかでなんとかバランスを取ろうとした結果であろうということ。
 パソコン歴の長い人ならドボラック配列というQWERTYのアンチテーゼ的な配列が存在することを知っているのではないかと思う。本書はこれにも触れているのだが、興味深い史実が述べられている。1955年に米政府がQWERTY配列とドボラック配列のタイピングの効率を比較する実験を行っているのだ。その結果、すでに普及しているQWERTY配列をドボラック配列に置き換えるだけのメリットはないと米政府は結論している。ドボラック配列のキーボードはいまも販売されているし(実際は、QWERTY配列との切り替え可能型が多いようだ)、QWERTYよりも打ちやすいと証言するユーザーも存在するので、きっとそうなのだろうとは思うが、効率が劇的に違うというほどでもないのだろうと想像する。
 ともあれ、みんなが言っているからといってそれが真実とは限らないってことだな。
posted by kunio at 10:35| Comment(14) | TrackBack(8) | PCとネット
この記事へのコメント
「1882年8月のことだが、その時代のタイプライターにアームなんていう機構はない。」とか「1880年代には存在していないはずのアームの衝突を防ぐために」とこの本では断定していますが、タイプライターのアームは1870年代前半から存在していますよ。 アメリカの1870年代のタイプライターに関する特許にもアームのの事が記載されています。 しかも、そんな単純な事だったら、すでにQWERTY発祥元のアメリカにいる研究者が見つけて発表してますよね。
Posted by taco at 2010年06月11日 01:56
tacoさん、コメントありがとうございます。米国の特許をお調べになられてのご指摘ということでしょうか。
本書には具体的な機種名、開発者、出来事の日付、設計図なども記されており、説得力を感じるのですが…。
Posted by kunio at 2010年06月11日 10:20
お返事有難うございます。

公式な文章では、こういう物があります。
www.google.com/patents?id=kqpUAAAAEBAJ&q=type+arm#v=onepage&q=type-arms&f=false

最初にアーム機構が取り入れられたのは、1870年前後のようです。

同書籍では、著者が信ずる間違った説が生まれ流布していく過程を書き出しているようですが、客観的にみるとこの本自体も同じ事をしているのが興味深いと思いました。 
Posted by taco at 2010年06月12日 01:05
この1879年の特許文書にはtype-armsという言葉がハッキリ記載されていますね。本には「アームを有するフロントストライク式タイプライターが発明されたのは〜」とあるので、フロントストライク式じゃないタイプライターのはアームではないと著者は考えているのかもしれません。著者の見解をうかがってみたいものですね。
Posted by kunio at 2010年06月12日 01:54
ん? 呼びましたか? えっと、Frederick SholesとWilliam F. MillerのU. S. Patent No.216232ですけど、私の知る限り、この特許は実用化されてません。Frederick Sholesのタイプライターが発売されたのは、父親の死後、それも20世紀になってからのはずです。
というか、そもそも『キーボード配列 QWERTYの謎』のp.119やp.175にも書いたとおり、この本でいう「アーム」は、もちろん日本語の片仮名書きの「アーム」です。ですので、英語が添えてある「活字棒」(typebar)と違って、「アーム」には英語を添えてないのです。
Posted by 安岡孝一 at 2010年06月13日 12:47
おお、著者の方ですね! コメントありがとうございます。
フロントストライク方式の場合のアームの実用化は、QWERTY配列の誕生後なので、「アームが絡まるの防ぐため打ちにくい配列にした」というのはやはり正しくないわけですね。
「アーム」を「活字棒」に置き換えて、「活字棒が絡まるの防ぐため打ちにくい配列にした」といったとしても、正しくないといえますでしょうか。あるいは、その証拠は見つかっていない、ということでしょうか。
Posted by kunio at 2010年06月13日 13:41
実用化されていなくても、特許登録しているくらいだから試作品が作られたとか、部分的なテストがされたとかで、アーム(活字棒 どっちでも良いけど)を有するタイプライターが少数存在していた可能性が強いですよね。

試作品なんて、普通、販売前に複数作るんじゃないですか? 

そのタイプライターを元にQWERTY配列が完成されたと考えても自然ですね。

否定しきれていない。




というか、特許の方にはtype-arms(アーム)と明記されてますけど。

Posted by 通りすがり at 2010年06月13日 15:03
私個人の経験になるのですが、少なくともSholes & Glidden Type-WriterやRemington Type-Writer No.2の「活字棒」(typebar)は、絡んだりはしないのです。そりゃ同時に押したら「活字棒」が衝突することはあるんですが、いわゆるjammingは起きない。ですので、「活字棒が絡まる」っていう時点で、それはすでにフロントストライク式なんじゃないかと。
Posted by 安岡孝一 at 2010年06月13日 15:10
「アームの衝突を防ぐために、タイプライターのキー配列をQWERTYにした」とありますが、「衝突」って明記なされていますよね?

要するに、決定的なな証拠や根拠無しで、否定してると思っていいようですね。
Posted by 通りすがり at 2010年06月13日 17:27
安岡氏の矛盾点

アメリカでも、正式特許名称typebarあたりが、type-armと呼ばれていた。
ttp://kygaku.g.hatena.ne.jp/raycy/20100615/1276545609

アップストライク式タイプバーclassタイプライターのtypebarあたりを「アーム」と呼んじゃいけないのか?
ttp://kygaku.g.hatena.ne.jp/raycy/20100615/1276544305

レヴァーの歴史、アームの歴史。アームという部分の歴史。絡みやすさの歴史(アップストライク期、フロントストライク期)
ttp://kygaku.g.hatena.ne.jp/raycy/20100614/1276489699
Posted by taco at 2010年06月15日 07:23
tacoさん、ふたたびのコメントありがとうございます。リンク先、拝見しました。まだ議論があるテーマのようですね。

ところで、当ブログの開設者としてのお願いですが、コメントされる方は、ダミーのアドレスではなく本当のメールアドレスの入力をお願いします。フリーのアドレスでもかまいませんので。
Posted by kunio at 2010年06月15日 11:02
安岡です。どうも、ご迷惑をおかけしたみたいで、すみません。メールアドレスは正しく入力したつもりだったんですが…。
とりあえず、Frederick Sholesのネタをhttp://slashdot.jp/~yasuoka/journal/509417 に書いてみました。実は、このネタを『キーボード配列 QWERTYの謎』に書きたかったのですが、結局うまく入れることができなくて、「息子のフレッド」はp.105に一瞬出てくるだけになっちゃんったんですよね。よければお読み下さい。
Posted by 安岡孝一 at 2010年06月15日 15:09
メールアドレスの件は、安岡さん以外の方のことですので、気になさらないでください。
Posted by kunio at 2010年06月15日 15:30
Sholes & Glidden タイプライターもjamるらしい証言を得てます。今のところ3件。
4台のS&Gを現在完了形で所有してらっしゃるDR:
http://groups.yahoo.com/group/TYPEWRITERS/message/47769
http://qwerty-history.g.hatena.ne.jp/raycy/20101112/1289582004

S&G(シリアルser. # 807A)PW
http://groups.yahoo.com/group/TYPEWRITERS/message/47197
http://groups.yahoo.com/group/TYPEWRITERS/message/47778

lb
http://groups.yahoo.com/group/TYPEWRITERS/message/47815
Posted by raycy at 2011年01月10日 14:10
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