2009年02月14日

『ゲバラ日記』

『ゲバラ日記』表紙
高田馬場の古本屋で買った本。エルネスト・チェ・ゲバラ著、朝日新聞外報部訳。昭和43年(1968年)7月31日刊行。

ゲバラのボリビアでのゲリラ活動の日々を綴ったもので、先日観た映画『チェ 28歳の革命』、『チェ 39歳別れの手紙』のうち、後者で描かれた期間に該当する。映画を観る前に読んでおきたかったのだが、順序は逆になった。しかし、これでよかったように思う。映画のほうはだいぶハショッテあるわけだが、映画を観ておくことで日記に登場する人物や山中のようすがわかり、映画で描かれていない場面についてもイメージしやすかった。

日記の最初の日付は1966年11月7日で最後は1967年10月7日。その翌日の戦闘でゲバラは政府軍に捕らえられ、明くる10月9日に射殺される。その翌年にはこの本が出ているわけだから、ずいぶんと早いものだという気がする。のちに出獄しフランスのミッテラン政権の特別外交顧問になるレジス・ドブレ(本書ではレジ・ドブレ)についても、服役中という注釈がついている。出版が早かったのは、それだけ世界的に関心を集めた出来事だったということだろう。

原著はキューバの国立出版協会から出ており、カストロが雄弁な筆致の序文を寄せている。それによるとゲバラは射殺をためらう政府軍兵士に向かって「撃て、恐れるな」と言ったという。その場面は映画でも描かれていた。

日記の内容だが、過酷なゲリラ活動の中で書かれたとは思えないほど緻密で生き生きとしている。どこをどう移動し、何をし、何を食べ、誰と会い、どういう指示を出し、どう闘ったか、また、内部でどういういさかいがあり、どう解決したか、そういうことが簡潔に描写されている。ときには情勢の分析、今後の展望なども記されて、月末にはその月の活動が箇条書きに整理されている。カストロの序文に、休憩のたびにゲバラがノートを取り出して記録を取る姿が回想されている。記録者としても素晴らしい素質を持った人間だったのだろう。

軍事指導者として、また政治家として、非常に有能だったでだろうことは、日記のそこかしこから感じられる。政府軍との戦闘を何度も行っているのだが、そのほとんどで勝利している。しかし最終的にはゲリラ組織は壊滅してしまうので、根本の部分で無理があったということはいえるだろう。日記に何度も記されているが、農民たちの積極的支持を得ることができなかったことが最大の敗因だろう。そのため兵士の補充、兵力拡大ができず、先細っていってしまうことになる。キューバとは客観的情勢が違いすぎたということだろう。

山岳に潜伏しての活動ということで、ゲバラのほんの数年後の連合赤軍にも連想が及ぶ。穴を掘って武器を隠したり道を切り開いたり、猟師に見られて移動をしたりと、ある面では同じようなことをしているのだ。しかし全体としては全く違う。連合赤軍のほうは山岳ゲリラではなくて、固定された根拠地(ベース)を作ろうとしたわけだし、方法論の違いもあるとは思うが、大人と子供、いやそれ以上の差があるように感じる。

もちろん、ゲバラは連赤のような「総括」はしない。彼が内部の問題にどのように対処していたかの例を、1967年2月26日の日記から引用してみよう。

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私はみんなが集まるのを待って話をした。われわれがロシタに向かって苦労している意味を説明し、今後の苦しみを思えば、今のような苦しい生活も序の口にすぎないこと、規律を守らなければ二人のキューバ人の間におこったこのようなみっともない事件がまたおこるだろうといってきかせた。私はマルコスの態度を責め、パチョには、もう一度、こういうトラブルを起こしたらゲリラから除名する不名誉を与えることを明らかにした。(中略)
私はボリビア人に対しても、信念がぐらついたら、回りくどい手段に頼らず、はっきり私にいってくれ、いつでもゲリラを離れるのは自由だと述べた。
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もし革命組織があって、そこにリーダーがいるのだとすれば、こういうふうであるべきだろうと思う。

posted by kunio at 10:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 新左翼
この記事へのコメント
こんにちは。
高田馬場の古本屋で買われたというところが、誰か当時の学生だった人の蔵書だったのかも と、想像してしまいますね。
私事ですが、私の父は精糖会社のサラリーマンでした。たしか革命の数年後、砂糖の原料つまりサトウキビの産地であるということで、キューバを研修かなにかで訪れたことがありました。「とてもいい国で、泥棒がひとりもいない」と父がいうのをきいて、子供ながらに本当かなと不思議に思ったのを覚えています。
キューバが理想の革命国家を目指していたころだったのかなぁと、今回の映画をみて思い出しました。
Posted by おか at 2009年02月16日 11:31
おかさん、それは興味深いお話ですね。
先日、NHKでキューバ革命後の50年をたどるドキュメンタリを放映してましたが、革命の難しさしはむしろ革命成就後にあるという印象を持ちました。国民が革命の理想を共有している間は(お父様が訪問された頃はまだそうだったのでしょうね)うまくいっていても、10年20年と経つと、もう理想の共有などできなくなってくるんですね。新しい世代は、革命の当事者でもないし、革命以前のキューバを知らないので革命の価値も実感しにくい。キューバの場合は、そういったことに加えて、米国による経済封鎖、そのマイナスを補っていたソ連の崩壊といった要素もあって、苦しい状況が続いているとのことでした。
Posted by kunio at 2009年02月16日 12:26
北朝鮮のような言論統制ではなく、一応本当だったのですね。 「泥棒がいない」のは。
現在のキューバをゲバラがみたら、どう思うのでしょうか。
処刑前の『人間を信じる』というゲバラの言葉は、坂口氏の、右も左も信じられず、今はヒューマニズムのみが信じられるといった短歌を思い出させました。
Posted by おか at 2009年02月16日 13:29
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