2013年04月26日

スマホ修理の顛末

昨年からDIGNO DUALというスマホを使っていたのだが、先ごろOSのメジャーアップグレードがあり(Android 2.3からAndroid 4.1へ)、実施したところ、「android.process.acoreが予期せず停止しました」というエラーがひっきりなしに表示され、電話もかけられない状態になってしまった。このエラーは各種アンドロイド端末で発生するようで、ネットにもいろいろなケースの報告が見られるのだが、端末の初期化を行っても解決せず、やむなく修理に出した。10日ほどでスマホは戻ってきたのだが(その間、代わりの端末、といってもスマホではなくてガラケーといっていいのかどうか、要するにPHSを代理店から借りていた)、修理内容は「基盤交換」となっていた。基盤交換が必要? もしかしたら、ROMを交換したとかってことだろうか。

戻ってきたスマホはAndroid 2.3になっていた。これは事前に案内されていたことなので良いのだが、問題は改めてメジャーアップグレードを実施するかどうか。アップグレードは自己責任ということになっているのだ。これでまたエラー頻発の状態になっても、文句は言えない。でもまあ、やっちゃうよね。戻ってきたその日の夜に、再びメジャーアップグレードを実施してみたのだった。

結果はどうだったかというと、やはり同じエラーが出た。前回ほどの頻度ではないものの、しばしばエラーが表示される。「また修理か〜」と思ったものの、製品の公式サイトに掲載されているトラブル対策にしたがって、電池を入れ直し、端末の初期化も実施したところ、エラーはぱったりとなくなった!

ちなみに、アドレス帳のデータなどは、削除されてしまっているが、GmailのアカウントをスマホのGmailアプリに登録すると、Google側に保存されているデータとの同期がすぐに実施され、スマホの電話帳にもデータがコピーされる。これは便利。

さて、この顛末からどのような教訓が得られるだろうか。スマホにせよPCにせよ、OSアップグレードのような大きい変更を伴う処理の際には、事前にデータのバックアップ・復旧の手立てを考えておくこと、というのは言えるかな。とくに困っていることがないなら軽々しくアップグレードすべきではない、という考えもできるだろう。

あと、教訓ではないのだが、もはや社会のインフラの一端を担う存在となったといってよいスマホが、このように簡単に不具合が生じるようなものであってよいのだろうかという気もする。とはいえ、より安全確実な装置にするには、もっと進歩を遅らせる必要があろうだろうから、これは便利さと安全さのどっちを取るか、という問題になってくるかな。
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2013年04月22日

『八月の光』フォークナー著、新潮文庫

二十世紀初頭の米国南部の田舎町に交差する何人かの男女の人生の局面を、それぞれの過去も織り交ぜながら描いた作品。この言葉はあまり使いたくないのだが、運命としかいいようのない袋小路へと入り込んでいくそれぞれの人生が重く切ない。
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2013年04月13日

『嵐のピクニック』本谷有希子著、講談社

第7回大江健三郎賞受賞作の短編集。いずれの作品も、あるシュールな設定、あるいは、ある一つのイメージを核に、そこから想像を広げて作られた物語といってよいと思う。手法としては、かつて日本のSF作家たちが盛んに用いたものだ。それをどう書くかが作者のセンスや力量の問われるところだ。本谷有希子の場合、たんに「面白い」「不思議」で終わらない何かが残る。大江さんもそこを評価したのだろう。
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2013年04月11日

『かわいそうだね?』綿矢りさ著、文藝春秋

昨年の(第6回の)大江健三郎賞の『かわいそうだね?』を、いまごろ読了。収録された「かわいそうだね?」と「亜美ちゃんは美人」はどちらも、ユーモアを散りばめつつも文学らしい奥行きを備えていて面白かったんだけども、その何割かは、「女の世界とはこういうものか」という男性読者としての物珍しさであったのかもしれない。
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2013年04月10日

映画『ホーリー・モーターズ』



『ポンヌフの恋人』などの監督で知られるレオス・カラックスの最新作『ホーリー・モーターズ』を観てきた。なんていいつつ、カラックス監督の作品は一つも観たことがなくて、カイリー・ミノーグが出演しているということが、観ることにした最大の動機。

観る前は、象徴的イメージばかりの難解な映画で楽しめなかったらどうしよう、とちょっと不安もあったのだが、杞憂であった。難解といえば難解かもしれないけれど、わけわからずストレスがたまるというほどではないし、思いのほかユーモラスで吹き出すようなシーンもいくつか。全体に暗い雰囲気ではあるものの、エネルギッシュで、映像的な面白さにも溢れている。楽しめた! この監督の他の作品も観てみたくなった。

物語は、あまり紹介しても意味がないような気がするのだが、簡単にいうと、朝、豪邸から現れリムジンカーに乗り込んだ一人の男が、車内で特殊メイクをし、車から降りた場所で一人の人間のある場面を演じては、車に戻り、また別の人間に変装して…、というのを数度も繰り返す、その一日を追ったもの。どうやら、それぞれの場面が過去のいろいろな映画へのオマージュにもなっているらしい。

そうそう、カイリー・ミノーグだが、ビジュアル的には地味な感じの出かたであったけれども、歌を歌う場面があり、美声が楽しめる。
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2013年04月07日

映画『晩秋』

PCに撮りためてあった映画から。

最近、偶然なのか必然なのか、老人が主人公の映画を観ることが多い。これもそう。一人の男(ジャック・レモン)の晩年を襲った、妻の発作、自身の痴呆、ガンとの闘病、男を支える家族たち姿を描いたもの。軸になるのは、男と息子、そして孫、この3代の「父と子」の絆が、男の晩年のあれこれを通じていかに深まるか。

父の息子である自分、息子の父である自分、というものを改めて考えさせる作品。

1989年のアメリカ映画なのだが、老人を主役にした映画が増えてきたのは、このころくらいからだったろうか。先進国で高齢化社会ということが言われ始め出したことの反映ということか。
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彼ハ何モ知ラヌノデス

「図書」4月号に梯久美子氏が管野すがの手紙を紹介する記事を書いていて、印象深い。約百年前、大逆事件で獄中にあるとき、紙に針で穴を開けてPCのドット文字のように書いたものだという。内容は以下のとおり。

京橋区瀧山町
 朝日新聞社
 杉村縦横様
   管野須賀子

爆弾事件ニテ私外三名
近日死刑ノ宣告ヲ受ク
ベシ御精探ヲ乞フ
尚幸徳ノ為メニ弁ゴ士
ノ御世話ヲ切ニ願フ
 六月九日
彼ハ何モ知ラヌノデス


幸徳とあるのは、彼女の恋人であり、企てとは無関係であったのにも関わらず事件の首謀者として拘束されていた幸徳秋水のことだ。みずから獄中にあって死刑を覚悟している者が、恋人を救おうとするこの気持ちの働きは「愛」と呼んで差し支えあるまい。
posted by kunio at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記