3年くらい前にPCで録画してあった作品なのだが、それをやっと観ることができた。
裕福な、しかし内情はというと崩壊している家庭の娘と、貧しいけれども堅いきずなで結ばれている家庭の若者の甘く切ないラブストーリー。甘いとはいっても甘すぎないし、切ないとはいって悲しすぎない。そして、苦みを残しつつもハッピー・エンド。いい映画でしたよ。
娘を演じるのはキルスティン・ダンスト。なんかこの女優さん、好きなんだよなあ。
2012年02月07日
DVD『田原総一郎の遺言 〜永田洋子と連合赤軍〜』
田原総一郎のテレビ東京時代のドキュメンタリーを見直しつつ、ゲストを呼んで当時を振り返るというシリーズ。司会は、田原総一郎と浅草キッドの水道橋博士。『田原総一郎の遺言 〜永田洋子と連合赤軍〜』というタイトルに惹かれて入手したしだい。この回は、ゲストとして、連合赤軍を描いた『レッド』を連載中の山本直樹、元連合赤軍兵士の植垣康博が登場する。
取り上げた番組は「永田洋子 その愛 その革命 その…」というタイトルで、事件翌年の1973年に放映されたもの。内容は、ニュース映像で事件の概要を振り返ったあと、獄中の永田洋子と書簡を交わした田中美津(ウーマンリブの活動家で連合赤軍との接点もあった)が、永田洋子からの手紙を朗読し、田原の質問に答えるという構成。若々しい田原の姿が印象的なのだが、相手を困らせるような質問を畳み掛けて本音を引き出すというか、失言を誘うというか、そういうあざといやり方が、いまと全然変わってないのも面白い。
田中美津は連赤関係の本にときどき名前が出てくるので、どういう人かと思っていたが、映像でみる1973年の彼女は、ボーイッシュで、かつ活動家らしいエネルギーを感じさせる人物だった。言葉がとても観念的なのは、時代というものだろうか。それがまったく現実から遊離しているとは思わないけれども、簡単なことを観念的に難しく言い表していくことの弊害は、小さくなかったのではないかという気がする。それとも、社会運動にはそういう言葉が必要なのだろうか。これはウーマンリブに限らず新左翼運動にも同じことが言えるのかもしれない。
田原総一郎は、くだんの番組を作る際に獄中の永田洋子に会って番組のことを話したそうだ。当時、山岳アジトでの”総括”という名のリンチ事件が明らかになって以降、リーダーの一人である永田は、人でなし、異常者、というふうに世間一般からは見られていた。その空気のなかで「永田洋子 その愛 その革命 その…」というタイトルの番組を作った田原総一郎の腹の座りようは見上げたものだと思う。会社をクビになる覚悟であったそうな。
永田洋子は昨年の2月5日に獄死した。ほぼ一年前。それでも連赤事件が投げかける問題は、日本人にとっていつまでも古びないという気がする。番組中、山本直樹は、連赤事件を、言葉(観念)が一人歩きしてしまったことによる悲劇であると捉え、このようなことは規模や形は違うにしろ、それ以前もあったし、それ以降もあったし、これからも繰り返されていくことだと述べていた。そして、繰り返されているのに自分たちはそれを忘れてしまい、また繰り返してしまうと。繰り返さないためには、永田洋子や連赤事件が放つ黒い光を折に触れて顧みる必要があるのかもしれない。
取り上げた番組は「永田洋子 その愛 その革命 その…」というタイトルで、事件翌年の1973年に放映されたもの。内容は、ニュース映像で事件の概要を振り返ったあと、獄中の永田洋子と書簡を交わした田中美津(ウーマンリブの活動家で連合赤軍との接点もあった)が、永田洋子からの手紙を朗読し、田原の質問に答えるという構成。若々しい田原の姿が印象的なのだが、相手を困らせるような質問を畳み掛けて本音を引き出すというか、失言を誘うというか、そういうあざといやり方が、いまと全然変わってないのも面白い。
田中美津は連赤関係の本にときどき名前が出てくるので、どういう人かと思っていたが、映像でみる1973年の彼女は、ボーイッシュで、かつ活動家らしいエネルギーを感じさせる人物だった。言葉がとても観念的なのは、時代というものだろうか。それがまったく現実から遊離しているとは思わないけれども、簡単なことを観念的に難しく言い表していくことの弊害は、小さくなかったのではないかという気がする。それとも、社会運動にはそういう言葉が必要なのだろうか。これはウーマンリブに限らず新左翼運動にも同じことが言えるのかもしれない。
田原総一郎は、くだんの番組を作る際に獄中の永田洋子に会って番組のことを話したそうだ。当時、山岳アジトでの”総括”という名のリンチ事件が明らかになって以降、リーダーの一人である永田は、人でなし、異常者、というふうに世間一般からは見られていた。その空気のなかで「永田洋子 その愛 その革命 その…」というタイトルの番組を作った田原総一郎の腹の座りようは見上げたものだと思う。会社をクビになる覚悟であったそうな。
永田洋子は昨年の2月5日に獄死した。ほぼ一年前。それでも連赤事件が投げかける問題は、日本人にとっていつまでも古びないという気がする。番組中、山本直樹は、連赤事件を、言葉(観念)が一人歩きしてしまったことによる悲劇であると捉え、このようなことは規模や形は違うにしろ、それ以前もあったし、それ以降もあったし、これからも繰り返されていくことだと述べていた。そして、繰り返されているのに自分たちはそれを忘れてしまい、また繰り返してしまうと。繰り返さないためには、永田洋子や連赤事件が放つ黒い光を折に触れて顧みる必要があるのかもしれない。
