テクニカルコミュニケーション分野のメーリングリストを十数年前から運営しているのだが、そこの有志でかつて勉強会を開催していたことがある。1999年、2000年の頃の話で、月に一回集まって、持ち回りで何か発表するという内容。メンバーは、フリーランス、制作会社、ソフトメーカー、ハードメーカーなど幅広く、楽しくも充実した集まりだった。
そのメンバーの一人だった方から、学術研究会のシンポジウムの案内をいただいた。2012年3月3日(土)の午後、場所は早稲田大学。ご興味ある方は、ぜひご参加を。
第1回テクニカルコミュニケーション学術研究会
2012年01月18日
2012年01月07日
メールの添付ファイルのサイズ
さきほどメールに添付されきたファイルのサイズを見たら17メガバイトもあった。こんなサイズでも、いまやメールでやり取りできる時代になったのだな。1990年代だったらあり得ない話だろう。当時は、メガバイト単位のファイルを送ること自体が無謀なこととされていたし、ネットや受信者に負担をかけるマナー違反とされていたように思う。ネチケットというやつだ(なんだか懐かしい言葉だね)。2000年代に入ってからも、せいぜいが数メガまでというのが僕のなかでのルールだったのだが、今回に限らず10メガくらいならばメールでもらうこともしばしばある。いったいどれくらいのサイズまで送れるのかはわからないが、10メガくらいならば送ってもよい時代になったのかもしれない。
The Times They Are A-Changin'
The Times They Are A-Changin'
2011年12月14日
グーグルマップで見る東北
グーグルマップで「37.421261,141.032851」を検索し、右上の「航空写真」ボタンをクリックして航空写真モードに切り替えると、福島第一原発の航空写真が表示される。ズームしていくと、爆発で半壊した建屋のようすがわかる。
そのまま航空写真のモードで沿岸部を北上していくと、津波で荒々しく削り取られてしまった街、港湾施設、畑などのあとが見て取れる。
陸前高田まで北上する(38.995248,141.681699)。ガレキが沿岸を埋め尽くしてる様に言葉を失う。
こうして沿岸部を見ていくと、じつに幅広いエリアで震災と津波の被害があったことがわかる。多くの命と生活の場の失われた年だったということが。
そのまま航空写真のモードで沿岸部を北上していくと、津波で荒々しく削り取られてしまった街、港湾施設、畑などのあとが見て取れる。
陸前高田まで北上する(38.995248,141.681699)。ガレキが沿岸を埋め尽くしてる様に言葉を失う。
こうして沿岸部を見ていくと、じつに幅広いエリアで震災と津波の被害があったことがわかる。多くの命と生活の場の失われた年だったということが。
2011年12月02日
爆破して平和にすることはできない
『図書』12月号にピーター・バラカン氏が「ラジオのこちら側で」という文章を書いている。
9.11のあと、850ものラジオ局を所有する企業「クリア・チャンネル」のトップが社内宛てメールで、自粛すべき曲のリストを送ったのだという。そこには「イマジン」、「天国への階段」、「ルーシー・イン・ザ・スカイ」、「ワンダフル・ワールド」なども含まれていた。そんななかで開催された9.11犠牲者の追悼コンサートでニール・ヤングは「イマジン」を歌った…。
ブッシュが大統領だった当時の米国がイラクを攻撃した2003年に、米国の女性3人のグループ、ディクシー・チックスのリードボーカルはロンドン公演で「我が国の大統領と同じテキサス出身であることを、私は恥ずかしく思う」と語った。その余波により、その後の彼女らのコンサートは相次いで中止され、CDの破壊行為、暗殺の脅迫、罵倒が1年ほども続いたという。(その経過は、『Shut Up and Sing』というドキュメンタリー映画に記録されているという。これ、観てみたいな)
2004年には、ブルース・スプリングスティーン、ジャクソン・ブラウンらが、反ブッシュの運動を企画するものの、ブッシュは再選される。
2003年にマイケル・フランティというアーチストが「Bomb The World」(世界を爆破しろ)という曲を発表。バラカン氏は、この曲をラジオやイベントで何度もかけたという。この曲は「you can bomb the world to pieces, but you can't bomb it into peace」(世界を破壊して粉々にはできる、でも爆破して平和にすることはできない)と歌う。
というような、9.11以降の音楽の世界の出来事を紹介しつつ、バラカン氏は、エルバート・ハバードの「To avoid criticism do nothing, say nothing, and be nothing」(批判を避けるなら、何もするな、何も言うな、つまらない人間でいろ)という言葉を引用する。
いずれも、大きい流れに対する微々たる抵抗といってよいと思うが、じゃあ大きい流れはどうやって変わるのかといえば、結局は微々たる運動の積み重ねによるしかないのだろうとも思う。カミサマみたいなものが手を差し伸べて大きく世界を変えてくれるわけではないのだからね。
Bomb The World
9.11のあと、850ものラジオ局を所有する企業「クリア・チャンネル」のトップが社内宛てメールで、自粛すべき曲のリストを送ったのだという。そこには「イマジン」、「天国への階段」、「ルーシー・イン・ザ・スカイ」、「ワンダフル・ワールド」なども含まれていた。そんななかで開催された9.11犠牲者の追悼コンサートでニール・ヤングは「イマジン」を歌った…。
ブッシュが大統領だった当時の米国がイラクを攻撃した2003年に、米国の女性3人のグループ、ディクシー・チックスのリードボーカルはロンドン公演で「我が国の大統領と同じテキサス出身であることを、私は恥ずかしく思う」と語った。その余波により、その後の彼女らのコンサートは相次いで中止され、CDの破壊行為、暗殺の脅迫、罵倒が1年ほども続いたという。(その経過は、『Shut Up and Sing』というドキュメンタリー映画に記録されているという。これ、観てみたいな)
2004年には、ブルース・スプリングスティーン、ジャクソン・ブラウンらが、反ブッシュの運動を企画するものの、ブッシュは再選される。
2003年にマイケル・フランティというアーチストが「Bomb The World」(世界を爆破しろ)という曲を発表。バラカン氏は、この曲をラジオやイベントで何度もかけたという。この曲は「you can bomb the world to pieces, but you can't bomb it into peace」(世界を破壊して粉々にはできる、でも爆破して平和にすることはできない)と歌う。
というような、9.11以降の音楽の世界の出来事を紹介しつつ、バラカン氏は、エルバート・ハバードの「To avoid criticism do nothing, say nothing, and be nothing」(批判を避けるなら、何もするな、何も言うな、つまらない人間でいろ)という言葉を引用する。
いずれも、大きい流れに対する微々たる抵抗といってよいと思うが、じゃあ大きい流れはどうやって変わるのかといえば、結局は微々たる運動の積み重ねによるしかないのだろうとも思う。カミサマみたいなものが手を差し伸べて大きく世界を変えてくれるわけではないのだからね。
Bomb The World
2011年11月25日
第5回 風鈴ロックフェス(クリスマスライブ)
12月24日のライブまで、残り一か月を切りました。本番に向けてザ・スリークロップスは地道に練習を続けています。イブということで、出演する3バンドともクリスマスソングを用意しています。よかったら遊びにきてくださいね。
<第5回 風鈴ロックフェス>
会場:ライブバー風鈴
〒231-0002 横浜市中区海岸通1-1 波止場会館1F
Tel/Fax 045-306-8406
日時:2011年12月24日(土) 18:30開場・19:00開演
チャージ:1800円(1ドリンク、スナック付き)
出演:
セッションスリー
(八神純子、竹内まりやなど、Jポップ中心のバンド。歌がうまいです)
ラブハンター
(オリジナル曲中心の骨っぽいロックバンド。今回はコピーに挑戦する模様)
ザ・スリークロップス
(60〜90年代の洋楽ロック中心。ロックバンドらしからぬ選曲もちらほら)
2011年11月09日
『一九七二』坪内祐三著、文春文庫
1958年生まれの著者が、1972年前後を戦後日本の変曲点と捉え、当時の政治、文化、風俗をそのころの出版物(新聞、雑誌、書籍など)から広範に傍証を引きつつ自身の回顧も織り交ぜながら、時代の変化を浮き彫りにするノンフィクション。
連合赤軍事件があり、札幌オリンピックがあり、ニクソンが北京を突如訪問し、田中角栄が日本列島改造論を打ち上げ首相の座についた1972年。「高度成長期の大きな文化変動は1964年に始まり、1968年をピークに、1972年に完了する」「1972年こそは、ひとつの時代の「はじまりのおわり」であり、「おわりのはじまり」でもある」と著者は語る。さらに「私は、「はじまりのおわり」である1972年以前に生まれた人となら、たぶん、歴史意識を共有出来る気がする。だが、それよりあとに生まれた人たちとは、歴史に対する断絶がある。たぶん」とまで言う。
1961年生まれで著者の3つ下である僕は、ほぼ重なる時代を生きてきたわけで、たとえば情報誌「ぴあ」に関する記述であるとか、佐藤栄作や田中角栄に対する心情であるとか、共有できるものが多く、そういう意味で、なんだかとても懐かしい思いに浸らされた本だった。ただ、どうもカタログ的に時代の時事を並べて見せているという感じで、500ページ近い分量でありながら、喰い足りないという印象も残った。
連合赤軍事件があり、札幌オリンピックがあり、ニクソンが北京を突如訪問し、田中角栄が日本列島改造論を打ち上げ首相の座についた1972年。「高度成長期の大きな文化変動は1964年に始まり、1968年をピークに、1972年に完了する」「1972年こそは、ひとつの時代の「はじまりのおわり」であり、「おわりのはじまり」でもある」と著者は語る。さらに「私は、「はじまりのおわり」である1972年以前に生まれた人となら、たぶん、歴史意識を共有出来る気がする。だが、それよりあとに生まれた人たちとは、歴史に対する断絶がある。たぶん」とまで言う。
1961年生まれで著者の3つ下である僕は、ほぼ重なる時代を生きてきたわけで、たとえば情報誌「ぴあ」に関する記述であるとか、佐藤栄作や田中角栄に対する心情であるとか、共有できるものが多く、そういう意味で、なんだかとても懐かしい思いに浸らされた本だった。ただ、どうもカタログ的に時代の時事を並べて見せているという感じで、500ページ近い分量でありながら、喰い足りないという印象も残った。
2011年11月05日
オキ・ダブ・アイヌ・バンド
アイヌの血を引くオキが率いるバンド「オキ・ダブ・アイヌ・バンド」。アイヌの民族楽器トンコリをアンプを通して鳴り響かせるロックをぜひ聴いてほしい。
2011年11月02日
『Kylie: La la la』カイリー・ミノーグ、ウィリアム・ベイカー著
カイリー・ミノーグと、彼女のゲイハズバンドにしてアートディレクターを務めるウィリアム・ベイカーの共著。カイリーの文章はすべて手書きで、ベイカーの文章も文字が小さく、通読は断念せざるを得なかった。ただ、多数掲載されている写真(プライベートのものも多い)を眺めるだけでもファンとしては楽しい。
マイケル・ハッチェンスとのことが書かれていたので、簡単に紹介しておこう。
---
カイリーにとってマイケルは、大人になってからの初めての本当の恋人であり、彼が他界して長い時間が経ったいまも、カイリーはマイケルの存在をそばに感じ、彼に守られているように感じるという。彼女は、成長した彼女のことをマイケルが誇りに思ってくれることを願っている。
ベイカーは毎朝、カイリーに電話をして、その日の予定やら雑談やらを話すのが習慣だという。ある土曜日の朝、カイリーに電話すると、カイリーは電話口でむせび泣いていた。マイケルがシドニーのホテルで亡くなっているのが発見されたのだ。彼女は打ちひしがれていた。ベイカーは、何も言葉を発することができなかった…。
しかし、その夜のショーをカイリーはキャンセルしなかった。Show must go on。彼女の辞書に「キャンセル」の言葉はないかのようだ。
2011年10月24日
YMS(横浜ミュージックサロン)2ndライブ
バンド休止の日記のあとにナニですが、それとは別のYMS(横浜ミュージックサロン)というサークルの2回目のライブが、来月12日に横浜の Lafu&Stingであります。
20数名のメンバーが入れ替わりながら、ジャズ、ポップス、ロックなど30曲ほど演奏する大演奏会です。メンバー内にギタリストが少ないので、僕は半分強の曲でギターを弾かせてもらいます。
よかったら遊びに来てください。
<YMS 2ndライブ>
日時:2011年11月12日(土) 13:00開場、13:30開演、17:30終演
会場:Lafu&Sting
神奈川県横浜市中区長者町7-115 八仙閣ビル6F(Tel. 045-253-3109)
・京浜急行・日ノ出町駅から徒歩6分
・ブルーライン伊勢佐木長者町駅から徒歩6分
・JR関内駅北口から徒歩8分)
料金:1000円(1ドリンク付き)
※14時だった開演時間が13時半に繰り上がりました。
20数名のメンバーが入れ替わりながら、ジャズ、ポップス、ロックなど30曲ほど演奏する大演奏会です。メンバー内にギタリストが少ないので、僕は半分強の曲でギターを弾かせてもらいます。
よかったら遊びに来てください。
<YMS 2ndライブ>
日時:2011年11月12日(土) 13:00開場、13:30開演、17:30終演
会場:Lafu&Sting
神奈川県横浜市中区長者町7-115 八仙閣ビル6F(Tel. 045-253-3109)
・京浜急行・日ノ出町駅から徒歩6分
・ブルーライン伊勢佐木長者町駅から徒歩6分
・JR関内駅北口から徒歩8分)
料金:1000円(1ドリンク付き)
※14時だった開演時間が13時半に繰り上がりました。
バンドの寿命
バンドには寿命があると思う。寿命というのは運命論的に聞こえるかもしれないので、バンドの持っているエネルギーといったほうがいいかもしれない。バンドは、誕生したときにエネルギーを持っている。それが尽きたとき、バンドは終わるのだと思う。
そのエネルギーはどこからくるのだろうか。人と人との相性や、そこから生まれる創造的エネルギーのことを「ケミストリー」といったりするけれど、バンドにもそれは言えることで、バンドのメンバー間のケミストリーの総和がバンドのエネルギーとなるのかもしれない。
1回のライブで終わってしまうバンドもあれば、10年20年と続くバンドもある。ストーンズにおいては50年だ。その長さの違いは、やはりバンドが持っているエネルギーの差であり、そのエネルギーの消耗の速さの違いだろう。何らかの方法で新たなエネルギーが補給されるということもあるのかもしれない。
2008年に結成したザ・スリークロップスというスリーピースのバンドは、残念ながら12月24日のライブを最後に活動を休止することになった。現在、このラストダンスに向けての練習を重ねているところである。タンクの底に残った最後のエネルギーを燃焼しつくして、よいライブにしたいものだと思う。
そのエネルギーはどこからくるのだろうか。人と人との相性や、そこから生まれる創造的エネルギーのことを「ケミストリー」といったりするけれど、バンドにもそれは言えることで、バンドのメンバー間のケミストリーの総和がバンドのエネルギーとなるのかもしれない。
1回のライブで終わってしまうバンドもあれば、10年20年と続くバンドもある。ストーンズにおいては50年だ。その長さの違いは、やはりバンドが持っているエネルギーの差であり、そのエネルギーの消耗の速さの違いだろう。何らかの方法で新たなエネルギーが補給されるということもあるのかもしれない。
2008年に結成したザ・スリークロップスというスリーピースのバンドは、残念ながら12月24日のライブを最後に活動を休止することになった。現在、このラストダンスに向けての練習を重ねているところである。タンクの底に残った最後のエネルギーを燃焼しつくして、よいライブにしたいものだと思う。
